エッセイ優秀賞


1998年エッセイ・優秀賞

『どっちの口座から引き落とし?』

埼玉県 大島桂子さん
34歳(主婦)


  「じゃあ、貴方の口座から引き落としていい?」
 退職してしばらくは失業給付が出ていたので、毎月きちんと私の口座に入金があった。それも受給期間満了、通帳の金額の動きがピタッと止まり、事態は急変!生命保険会社から「今月の引き落としができませんでした...」
 ごめんなさい!こうして、保険料の引き落としは夫の口座に変更になった。
 12年前、社会人になった私は、初めて自分が契約者になり保険に加入した。「私の命の値段は幾ら?」深く考え始めると保険金額が決まらない。あんまり安くてもちょっとさびしい。かといって、毎月の保険料も気になる。出勤時の洋服や、パソコンの使い方、はたまた「社内ルール」なるものまで情報交換をしていた同期のみんなとワイワイ相談。命の値段がやっと決まった。いつの間にやら、「中堅女子社員」なんて呼ばれ、ベテラン社員の乗るエレベーターにぎゅーっと乗り込んでしまったようなころ、命の値段もアップした。
 そして何年か経ち、退職。主婦業新入りでも生命保険は内容を変更せずそのまま継続。だって、人生経験を積んできたのだから、定期収入がなくなったからといって、命の値段を下げることはない。なんて、えらそうなことを言っていた矢先に、例の通知事件。
 でも、密かに思っているんです。いつかは、また私の口座からの引き落としに変更してみせるぞーって。

寸評

審査員・市川森一
 なるほどねエ...女子社員(OL)が退職して専業主婦になったら、保険料の引き落としは夫の口座に変わるのか。生活実感の伴う、妙に感心させられるエピソードを、ユーモラスに綴った秀逸のエッセイでした。