エッセイ優秀賞


1999年エッセイ・優秀賞

『 お守り 』

山口県 萩野麻子さん
43歳(会社員)


  六月二十七日、離婚した。
離婚した、その当日に、私名義の生命保険に加入した。
皆が、あっけにとられてた。
何言ってるの。今日からは私が世帯主。 私に何かがあれば、即、明日からの生活に支障があるのだから…。ジメジメ、メソメソしてる場合じゃないんだよ。
 二人の子供達を前に、保険証券を広げて、「いい、二人共、お母さんに何かがあったらこれよ」子供達が、頷く。 『ようし、がんばろう』と、自分自身にエールを贈る。
 朝から夕方まで仕事その@。夕食をつくって、夕方から夜まで仕事そのA。帰宅後、家事をして、一日の終わりに湯舟の中で、手のひらをながめる。 『うん、生命線も長いし、傷もないし、元気、元気』
 …  
 あれから三年。一日一日は長かったけれど、経ってしまえば、 過ぎた日々。
 あのころの私にとっては、生命保険証券って、『お守り』みたいなものだったのかもしれません。持っているだけで安心だったし…。
 あと、もう少しで子育ても終了。
 そうしたら、今度は自分自身の為にもう一度生命保険に加入しようと思っています。
 死ぬまで元気で楽しく暮らすための保険に。

寸評

審査員・市川森一
元気な人柄なのだろう。それが文体によく出ている。「保険」は現代人の「お守り」。当り前の認識を、気負わず、当り前のこととして綴る心情には、実感がある。