エッセイ入選


2000年エッセイ・入選

『保険は奇蹟を起す助け舟』

千葉県 牧島敏乃さん
54歳 (絵本講師)

 不思議なことに不幸は極めて淋しがりやだ。ひとつ良くない事が起きると、また別の良くない事を引き寄せ、集め、沈め、不安を燻り続けて居すわってくる。
 幸・不幸は心の問題…と、一笑に付して強がってみせても、「大変ねぇー」と、労いの言葉をかけられたりすると、もう駄目だ。無我夢中の状態から解き放された辛さが、自分の足元でグラリと揺れる。不幸が恐いのは、他人のなにげない労いのひと言にも、素直になれなくなることかもしれない。
 この二年間、私達夫婦は「大変ねぇー」をどれほど聞いたことだろう。平凡だった我家を襲った夫の医療ミスによる下半身マヒ。私は看病疲れとストレスから骨ガンが再発し、胸椎圧迫骨折で倒れ…同時期に別々の病院に入院となった私達を世話するために、長女は折角入社した会社を、三ヵ月で退職することになり…収入源が途絶えた。
 (この先、どうなってしまうのか)ぼんやり考えてみたものの、思考がドン底まで落ちなかったのは、入院給付金で、とりあえず治療費が賄える…という安心感があったからだ。ゆったりと眠れた。―夫が二十五年間、お守りがわりに掛け続けた生命保険に助けてもらっている―有難さが染みた。
 その後、夫は、死にもの狂いのリハビリで奇蹟的に歩けるようになり、私も回復した。ふたりの奇蹟は、ドン底を見ないで済んだことで、心に余力があったからだと思っている。