エッセイ入選


2000年エッセイ・入選

『母の遺言』

青森県 平野 好さん
58歳 (自営業)

 二十五年前、東京の会社で知り合い職場結婚、と言っても式も新婚旅行もなし、実は二人で貯めた結婚資金はマイホームの頭金に。そんなことで初めての子が生まれた時、遠い田舎から孫の顔見たさと手伝いに母が初めて私達の家へやって来た。
 母子共に元気で一週間で退院、待望の女の子で、初孫を抱いた母の頬は弛みっ放しだった。予定の一ヵ月が経ち、帰り間際、母は私に「保険は、へいって(入って)んのが」と、藪から棒に聞いてきた。こたえに困っている私の横から妻が「パパは保険嫌いで、その話は駄目なの」妻の言葉を遮るように、「父親にそっくりだべ」と、母の顔は急に険しくなり「おめえも知ってるだべ、おらー父親が死んじまった時つくづく身に染みただ、銭っこさ、なくてよ、どったら七人の童子、育てっかってな。あん時、他人の言うごどさ聞いで、なんぼが保険こさ、へいってたら、おめえも普通の高校さ、やったべさ、そったらごど、おらだげでいいってば」そこまで余程無念だったのだろう、手拭いで涙を拭き一気に話し、私に念を押すと、気を取り直すように孫の娘を抱き頬擦りを何べんもして田舎へ帰って行ったが、母のひと言、ひと言には説得力があった。
 翌日の朝出勤する前、娘の寝顔を覗き込みながら私は妻に言った。 「今日、昼までに帰るから保険会社の人に、家へ来てもらうように」と。
 来年は母の十七回忌、ありがとう母さん。