エッセイ入選


2000年エッセイ・入選

『妻と母と私の生命保険』

岩手県 宮本義孝さん
59歳 (教員)

  仏壇の端に、たたんだ袱紗が置いてある。見ると、生命保険の証券が入っていた。
 夕食の時、妻に、その理由を尋ねた。 「私が、あなたと結婚しようと決めた時、お義母さんに呼ばれたの。息子は、お金があれば本ばかり買ってね。お金を貯めることを知らない。これは、大学を出た時に入った息子の保険です。達者なうちは、これまで通り私が掛金を払います。息子にもしものことがあっても、取り敢えずは、あなたも安心でしょう」
 そして母は、我々が結婚したその日、妻を呼んで「自分に万一のことがあった時は、和服箪笥の、この文箱に色々な書類は入っている」と話したそうだ。
 結婚に一抹の不安がなかったわけではない。長男の嫁になれば苦労する、といわれてもいたそうだ。しかし、母から生命保険の話を聞いた時、この義母とならやっていける、と妻は直感したそうだ。
 母と妻とのやりとりを、私は、まったく知らなかった。
 それから十五年経って、母は亡くなった。
 三回忌の仏前に置かれたこの保険証券は、「お義母さんの後を、ちゃんと私が引き継いでいますよ」という、妻の義母へのメッセージであったのだ、と私は思った。