エッセイ入選


2000年エッセイ・入選

『南の島からの証券』

宮城県 野田ゆきえさん
50歳 (主婦)

 父が亡くなったと知らされた。七十九歳だったという。母より三つ上だから、そうなるのだろう。叔父からは同時に、思いもよらぬ地名を聞かされた。九州と沖縄の間に浮く島の名前だった。どうして父は、そんな南のほうの島で果てたのだろう。
 父が突然家の中から消えたのは、私がまだランドセルを背負って学校に通っていたころだった。同じ町に住む女の人も、一緒にいなくなった。二人が東京に住んでいるらしいことも、町内では噂になった。
 母も私も、そんな父を忘れようと努め、事実私は、物心ついて以来、父の面影を追い求めるようなことはなかった。しかし母は、そうはいかないまま、一昨年この世を去った。
 父の南の島での葬儀に私も誘われたが、断った。「そりゃ、そうだろうな」と、叔父は仕方のない顔をして、遠い島に向かってくれた。
 一週間ほどして、「きちんと全部終わったよ」と、叔父が顔を出してくれた。生活を共にしていた人の実家の墓地に、葬られたという。そして私を受取人とする生命保険の証券を、差し出してくれた。
 私は虚を突かれた。父の頭の中から、母と私のことは、すっぽりと抜け落ちていたはずなのに…。長い年月、きちんと掛け金を払いつづけていたのか。わだかまっていたものが、一部分だけだが、静かに解けていくように思えた。