エッセイ優秀賞


2001年エッセイ・優秀賞

『二人のボーナス』

埼玉県 冬木わぎさん 
59歳(会社員)


 朝からシトシト雨の休日、アジサイを眺めながら来年の定年退職後のすごし方に思いをめぐらせていると、ニコニコ顔の妻がお茶を持ってくる。
 「お父さん、私ボーナスをもらえることになったのよ」「え? 宝くじにでもあたったの? 俺にも少し分けてよ」「何いってんのよ。お父さんが毎年積み立ててくれた年金保険が、満期となったのよ」
 そういえば私の小遣いの中から妻の年金保険の保険料を長い間払いつづけ、ようやく支払が終わりホッとしていたところだった。
 「お父さんは来年からボーナスをもらえないのでしょう」
 年金生活者にボーナスはない。
 「このボーナスを二人のために使いましょうよ。生活費でなく記念になることに、ね」  なんていい妻だ。
 「うーん、じゃ海外旅行にしようか」
 「そうね、お父さんがそういうのなら毎年二人で海外旅行をしましょうね」
 いつのまにか雨もあがり、万一の保険が薄日のさし込みはじめた部屋に、希望に満ちた明るく和やかな夢をもたらしてくれていた。
 それ以来、居間といわず応接間、台所、果てはトイレまで旅行会社のパンフレットがあふれている。

※本文に出てくる年金保険は、連生終身年金保険です。

寸評

審査員・市川森一
  雨が生きている。休日の雨の朝、夫婦が年金保険の使いみちを語らう。不安の多い老後に少し光明が見えてきた時、雨も上がる。雨の描写が夫婦の心の心象風景になっている。実に、一級品のエッセイ。