エッセイ入選


2001年エッセイ・入選

『本棚』

愛知県 市川美智子さん
40歳(主婦)

 新婚間もない頃、本棚の整理をしていた私は、忘れられた一通の手紙を発見した。 夫が結婚する前に付き合っていた彼女へあてた手紙の下書きのようだった。悪いと思いながら読んでいた。へぇー、彼女に花束を送ったのかぁ。私はもらってないなぁ。何だかおもしろくなかった。
 夫が会社から帰ってきた。晩ごはんはおもいっきり手を抜いた。その日以来、夫の箸の上げ下げも気にいらなくなった。彼の話には「ふうーん・へぇー」だけの生返事だけになった。花束が目にちらついて、もやもやした気持ちで数週間が過ぎた。
 ある日、生命保険会社から手紙が届いた。夫は封を開け、中身を確認した後、本棚のすみに手紙を置いた。見るとそれは、夫が結婚前に入っていた生命保険の受取人の名義変更の手続きの済んだ証券だった。受取人は、夫の父から妻である私に変更されていた。
 花束もほしかったが、結婚した今は保障が何よりと納得する私だった。でも私は今、お金や保障がほしいわけではない。夫が私を信頼してくれていた事、もしもの時の私への心配りがうれしかった。
 私に笑顔がもどった。大切な物を本棚にしまっておく癖はやめた方がいいと言おうとしたがやめた。夫のへたなラブレターの下書きはやぶり捨てた。