エッセイ優秀賞


2002年エッセイ・優秀賞

『バーベナの花』

東京都 田中ゆかさん
34歳(主婦)


  この夏、母から届いた絵葉書には鮮やかな赤色のバーベナが輝いていた。バーベナを見ると、強く父を思い出す。酒好きで豪放磊落な性格に似合わず、父は花が好きだった。生前、特に大事にしていたのがバーベナで、別名、美女桜とも言われる可憐な花である。
 父を亡くしたのはちょうど三年前になる。父は自ら経営する事務所で突然倒れた。享年六十五歳。家族をかえりみない、まさに働きづめの人生だったが、好きな仕事に打ち込めて、父は幸せ者だったのだろう。しかし、突然の死は母に大きな衝撃を与え、持ち前の明るさを失った。
 気持ちを整理するように、父の部屋を片付けると、書斎から母宛の手紙が見つかった。遺書というにはあまりにも簡素なものだった。柄にもなく花言葉が副えられた手紙は、万一の時の為の生活資金に充てるようにと、父が内緒で入っていた保険についてであった。情味などない淡々とした文字が並んでいたが、母には父の気持ちが通じたようだ。
 母は人生を立て直し始めた。父が遺してくれた保険金が生活を支えている。保険は寡黙な父の憶いをかたちにしたものであったのだろう。母は父から託されたバーベナを大事に育てている。その花言葉は「家族への憶い」であった。父の憶いは今もしっかりと生きている。

寸評

審査員・市川森一
  バーベナの花とかけて、生命保険と解く。
 そのこころは?
 家族への憶い。
コレ、バーベナの花言葉が「家族への憶い」ということを知っていなければ解けません。心癒される一編でした。