エッセイ最優秀賞


2003年エッセイ・最優秀賞

『願いを短冊に』

東京都 伊藤由美さん
35歳(会社員)


  私には四歳になる娘がいます。
 その娘が最近、文字を教えてほしいとせがむので簡単なものを教えました。
 それから何日かたったある日、娘の通う幼稚園の先生から電話がありました。
先生は七夕に飾る短冊に願い事をみんなに書かせたら私の娘は
「いいこにしますから、おとうさんをかえしてください。」
と書いたそうです。
 私は去年、交通事故で夫を亡くしています。
 私はそれから、パートの仕事をはじめ、生活費の一部に充てています。
 私の場合、夫が生命保険に入っていたので、なんとか生活できますが、もし、夫が生命保険に入っていなかったらと考えると、ぞっとします。
 夫は私にお金のありがたみを教えてくれました。
 私はパートの帰りに娘を迎えに幼稚園へ行きました。
そこには、先生の言っていた七夕飾りがありました。色とりどりの短冊を笹の葉に結んである竹は短冊の重みでしなっていました。
 私は一番目立つところに、夕べ書いた短冊を結びつけました。
「パパ、ありがとう。わたしもあいたい。」

寸評

審査員・市川森一
  審査中に選者のひとりがポツリと、「こんなエッセイを電車の広告で読んだら、気持ちがホッとするだろうなァ」とつぶやいた。この作品の感想は、この選者のつぶやきに尽きると思う。
 実は、選者の誰もこれが最優秀賞になるとは思っていなかった。しかし同時に、誰一人これを捨てる気にはなれなかった。
 そういう勝ち方をした作品だった。