エッセイ入選


1994年エッセイ・入選

『生命保険と心』

佐賀県 鷹取賢さん
 23歳 (自営業)

 ぼくの高校時代に、仲の良い友人の父親が亡くなったことがある。急な病気だった。もちろん友人はひどく悲しんだ。ぼくは友人に慰めの声をかけることしかできなくて、一家の働き手を失った彼の家族はこれからどうするのだろうかと心配だった。だが、その父親は残された妻と子に多種多額の生命保険を残していた。おかげで友人は高校生活を普通に楽しむことができたし、大学もアルバイトをしながら、無事に卒業することができた。今では名の通った会社で立派に働いており、母と一緒に幸せに暮らしている。
 最近、その友人と一緒に酒を飲む機会があり、高校時代の話になった時、こう聞いたことがある。
 「君の親父さんは妻子想いだったんだなあ。親父さんの生命保険がなかったら、君も大学にはいけなかったんじゃないか。」
 ぽくの問いに頷いて、保険金がなかったら生活のために働かなきゃならなかったろうね、と答えたあと、彼はこう言葉を継いだ。
 「確かに父がお金を残しておいてくれたのは有り難かったよ。でもね、本当に嬉しかったのは、生命保険に入った家族を想う父の心なんだ。父は死んでもぼくたちのことを支えてくれているんだと思えてね。そのことがつらい時のぼくの心の支えになっているんだ。こっちの方がお金よりもよほど大事だよ。」
 ぼくには友人を支える彼の父親の姿が見えるように思えた。