エッセイ入選


1994年エッセイ・入選

『誰にも見せなかった妻への手紙』

京都府 岩佐 進さん
 48歳 (会社員)

 誰にも見せなかった妻への手紙より。
 「親爺殿が亡くなり大層淋しいことだと思う。癌と云うことで覚悟はしていたと思うが、あっけなく逝き残念だと思う。しかし親爺も八十二歳、大きな苦痛を伴わずに逝ったのを良しとすべきかも知れない。それよりも残されたお義母さんが心配だ。気丈で元気者だが、これから田舎で一人暮しを始めなければならない。おそらく親爺の残した保険と年金とで暮し振りには困らないと思うが、お前がしっかり心の支えとなってあげて欲しい。
 考えてみれば俺達夫婦も結婚して二十五年、もう半世紀近くを生きてきてしまった。一般論から云えば、それでもなお三十年の人生が二人に残されているのも事実だ。結婚に始まり子育てに追われ、先の事など考えずにガムシャラに生きてきた二人だが、もうそろそろこのあたりで老後の人生設計を考えても良い年齢ではないだろうか。それは否応なく襲うかもしれない不幸から、俺達家族を守ることにもならないだろうか。
 厚生年金だけでよいのか? 個人年金をどう組み立てるのか? 俺達のどちらかが先に逝った時、残された者と子供達のために今の生命保険だけで十分なのか? 一度ゆっくりと考えてみようじゃないか。俺は賛沢な老後の生活なぞこれっぽちも望んではいないが、少なくとも"不安な老後"はいやだ。心にゆとりを持って"余裕の老後"をお前と二人で暮したい。そのために今何をすべきか考えてみたい。二人ともまだ五十歳の手前だが決して早くはないと思う。 ―人生最良の伴侶へ―」