エッセイ入選


1994年エッセイ・入選

『土曜日の朝』

東京都 伊藤尚紀さん
 41歳 (会社員)

 三人の子供達が、学校へ出かけて行った土曜日の朝。私は、のんびりと起きいつものようにリビングで妻がいれてくれるミルクティーを飲む。私の好きな週末のひとときだ。
 そんないつもの土曜日、妻が私にポツリと言った。「今年はあなたの厄年よ!体も気をつけなければいけないけど一度保険も見直してみない?」厄年と言われ一瞬「ドキッ!」 そう言われれば確かに男の四十代は会社でも責任は重く体にも無理が来る。そして、家では育ち盛りの三人の男の子、専業主婦の妻、そして三十年の住宅ローン。もし自分に何かあったらと思うと急に暗澹たる気分になり、いつもおかわりするミルクティーにも手が伸びない。 「今、いくらの保険に入ってるんだ?」と私、「え一と、確か二千万位だと思うけど。」と自信のなさそうな妻。急に二人で引き出しをかき回し始めた。
 昼に帰って来た子供達が、生命保険証を見ながら考え込む私達を見てけげんな顔。しばらくすると昼食の催促コール。テーブルの書類を隅にやり、今日は子供達のリクエストでスパゲティ。いつもの五人での騒がしい食事風景。ふとテーブルの向うの妻と目が合いお互いにニコリ。「これなんだろうな、守るべきものは…….」私は、心の中でつぶやきその言葉の重さと責任をかみしめた。
 テーブルの隅の保険証をチラリと見て、月曜日には保険会社に電話を入れようと考えフォークを取った。