エッセイ入選


1995年エッセイ・入選

『思いやリ』

鹿児島県 石津真由美さん
30歳 (主婦)

 「僕の保険の受け取り人になって下さい」そんなプロポーズが流行っているという。
 個人的にはシビアな言葉で好きなのだが、夫は否定的だ。それどころか、結婚して初めて夫の保険に対する無関心さに驚かされた。体だけは人一倍丈夫なため、三十四の歳になるまで生命保険にはいっさい加入した事がないのだという。
 「絶対長生きするしさ、病気だってした事ない。それに、保険料と思って貯めてりゃいいじゃない」これが夫の言い分だ。
 露骨に反論するにも気がひけた私は、
 「まあ、思いやりってとこかな」とだけ言った。
新婚早々、生命保険の事でとやかく言うのもおかしい、また時期が来たら考えようと、その場をすませた。
 それから一ケ月後、夫が持ち帰った厚い封筒、中には十数種類の保険のパンフレット。一人で検討したのだろう。あちこちに赤でアンダーラインが引いてある。
 「なかなか難しくてさ」と言いながら一枚一枚説明する口調は保険の営業マン顔負けだ。
 生命保険にはカを発揮してもらう機会は少ないが、いわば安心料、例えて言うなら、大きな舟に乗って大海を渡る気分にさせてくれるものだと、私は思っている。  全ての説明が終わらないうち、「どうして、急に?」と尋ねてみた。
 夫は、私の言い方そっくりに、
 「まあ、思いやりってとこかな」とはにかんだ。