1995年エッセイ・入選
『親父の責任』
北海道 町田 博さん
41歳 (自営業)
|
|
「八月は、しし座でしょう。強運の星の下に生まれてくるんだって」
姪の奈保は、ゆったりと、お腹をなでた。誕生を待ちのぞんでいるしぐさだ。しかし、母親になるという自覚が、一向に伝わってこない。マタニティー水泳に通ったり、胎教のためにモーツァルトを聞いたりと、まるで、初めての出産を楽しんでいるようだ。
それでも、「まだ名前もないのに、子供を受取人にして、二人で保険に入る相談をしているの」と、屈託なく笑った。
奈保が、子供のために、将来の安心を真剣に考えているのには理由がある。
父親が急病で他界した時は、まだ四歳だったから悲しみの記憶は薄い。しかし、生活を支えるため勤めに出る母親の姿は、ずっと見つづけてきたし、がまんも強いられた。
「丈夫な人だったし、若かったから………」
そんな母親の愚痴を聞きながら、予期せぬ事態に対する備えの大切さについては、無意識のうちに理解をしていたのだ。
「ほんとうは、彼も、保険なんて大きらいだって言ってたのよ」
それが、お腹の中で子供が動くのを、自分の掌で実感してからは、「これが親父になる気分なのか。責任感じるな」と、生命保険の資料を、いろいろ調べ始めたという。
私は、「今から親バカして」と、ひやかしながらも、若い二人がこれから創りあげていく幸せを、確実に予感していた。
|