エッセイ入選


1995年エッセイ・入選

『親バカ宣言』

石川県 熊橋三左子さん
35歳 (主婦)

 今になればあの誇らし気な笑顔は「親バカ宣言」だったんだ。
 あれは十二年前。長男がまだ私のお腹にいた給料日の晩の事。 「今月から、ちょっと少ないよ」 「どうして?」 「ま、とにかく見てみろよ」 と、主人が私に給料明細書を差し出した。私がその理由に気付くのには何秒もかからなかった。先月まで空欄になっていた生命保険の欄に金額が記入されていたからだ。 「へぇ、入ったんだあ」 ちょっと嫌味っぽくつぶやく私に、 「な、子供が生まれたら必要だろ」 と、明るい返事。結婚した頃に「奥様のためにぜひ」とさんざん勧められた頃は知らん顔だったくせに……。 なんて、まだ見ぬ我が子にちょっぴりやいたりしたけど、その時の主人の顔ときたらまるでケンカに勝ったガキ大将みたいに誇らし気な顔しちゃって、思わず吹き出しちゃったっけ。
 主人にしてみれば、生まれてくる子供と私に対しての責任の証であり、自分自身への「父親宣言」のつもりだったのでしょう。そんな新米パパも今では二児の父。この頃は、どう見ても親バカにしか見えないのは私の気のせいではないはず。あーあ、あの時「父親宣言」した主人が頼もしく思えたのに、あれはただの「親バカ宣言」だったんだ。 と、 最近ようやく気付いた私です。