エッセイ入選


1995年エッセイ・入選

『大根様』

京都市 河南智里さん
24歳 (サービス業)

  母の靴の踵はあっという間にすりへってしまう。「楽な靴」が母の靴選びのポイントだ。下駄箱にはたくさんの靴が並んでいる。私の仕事は足が資本だと笑う母。しっかりしたその2本の大根が、お客様に安心と保障を届ける。
 普段、先の事や、事故にあったら、病気になったら…なんて考える事のない私だけど母の仕事のおかげで安心していられる。私は母のおかげで、生命保険をとても身近に感じでいられるが、多くの人は、まだ生命保険なんて…と思っている。母は、そんな人たちに安心を売りつけるのではなく、結びつけようと、毎日、走り回っている。夜遅くないと会えないお客様、甘いお菓子が好きなお客様、母の足が広げてゆく安心の輪は少しずつ広がって、やがて皆を幸せにできるのだろうと思う。
 「しんどいのよ」と笑う母。だけどまた靴をはいて出かけてゆく足。その一歩が誰かのためになる母の足。山道を歩いてお客さんに会いに行くせいですりへるのか、ちょっとオーバー気味の体重のせいか、靴の踵をちらりと見て、知らぬふりの私。
 「ただいま。とれたての大根いただいたのよ」農家に集金に行って野菜をもらってくる母。その笑顔のパワーは、はかり知れない。
 「おかえりなさい。大根様」
みんなの安心のために、もっともっとたくましくあって下さい。