エッセイ入選


1996年エッセイ・入選

『生き抜く』

北海道 斎藤 忍さん
64歳 (会社顧間)

  妻が死んだ。4年前の私が定年をまもなく迎える年のことである。妻は自分より先に死ぬものではないと信じ込んでいた。
 定年を間近にひかえ、妻に先立たれた私は生き甲斐も張り合いもなくなり、なにもやる気がしない暗い孤独な毎日を過ごしていた。
 そんなある日、妻の遺品を整理していると、私が受取人になっている生命保険証券がでてきた。
 半信半疑のまま保険会社に行き、はじめて妻が10数年も前から保険をかけていることを知った。
 妻は、私が山登りが大好きで、これを生き甲斐としていることをよく知っている。  妻が、私に生き抜く力を与えてくれたと信じた。
 妻の生前にも相談していた、長い間懸案であったRV車をこのお金で買い、私の生き甲斐である山登りを再開した。
 それから4年、今は小樽山岳会のリーダーとして、国内外の山に登り続けている。
 人は私が若返ったと言う。活き活きしているとも言う。今、私は生きることのすばらしさをかみしめている。
 勧められるままに、自分のニ人の息子や孫達にも保険に加入させた。 みんなが生き抜くために必要なのだと言いながら。