エッセイ入選


1997年エッセイ・入選

『25年前』

東京都 滝沢正樹さん
29歳 (会社員)


  25年前。夫婦は生命保険に入るかどうかで揉めていた。 「やっぱり入っておくべきよ」 「・・・そんな金はない!」 「もしもの時はどうするつもり?」 「そんなことより今の心配をしろ!」
 真夜中のテーブルは険悪ムード。
 すると4歳の息子が部屋に入ってきた。
 〈まあくん〉はパジャマ姿。椅子にちょこんと腰かけ、パパとママを交互に見つめる。 「ケンカしてるの?」 「ごめんな、まあくん。心配するな。これはケンカじゃないよ。パパとママはな、生命保険のことで相談してただけなんだ」 「…生命保険てなあに?」 「そうか。まあくんには難しすぎたかな。…ええと、なんて説明すればいいんだろ…もしもパパが死んだとき」 「えっ!」
  驚いたまあくんは目を見ひらく。
「もしもって!? パパ、死んじゃうの?」
 真夜中だというのに大声で泣き叫んだ。
「パパー、パパー、死なないでー!!」

―― ああ、恥ずかしい。25年前、僕は<まあくん>と呼ばれていた。その日の記憶は一切ない。父は泣き叫ぶ息子、つまり4歳の僕をみて保険の加入を決めたそうだ。 (・・・・・もしもは困る。たとえパパが死んでも、まあくんを路頭に迷わせてはいけない)