エッセイ入選


1997年エッセイ・入選

『あのときの一言』

北海道 斎藤 清さん
62歳 (無職)


  職場の昼休みに、たびたび顔を見せる保険のおばさんと、いつか世間話をするようになった。 「お父さん保険に入ってよ!なんて、奥さんなかなか言えないものよ…それが家族への愛情というもんだと思うけどねえ」
 おばさんのその一言が、しばらくの間、心の隅にひっかかり、保険の契約を真剣に考え始めた若い日のことを、いま思いだしている。
 あれから三十数年の歳月が行き過ぎたが、我が家にとって、あの時の契約が、なんと的確なライフプランのひとつであったことかと妻と共に喜びの気持ちを噛み締めている。
 転勤で札幌から離れ、再び舞い戻ったある日のこと「いつ帰ってらしたの?」突然、街角で声をかけてくれたのは、少しばかり年輪を重ねた、あの保険のおばさんだった。この偶然の出会いが、生命保険を年金型保険に変更するきっかけになったのである。
 そして、いま私は定年を迎えた。しかし保険料の支払いは、今後も三年間続くことになるのだが、<残りの掛け金を一時払いにすると、割安になるのでは?>こんな質問に、係の女性は期待どおりの答を返してくれた。
 数日後、集金で我が家のベルを押したのはまた一段と美しく年輪を重ねた、彼女の笑顔だったのである。「三年後に、四度目の出会いがあったなら、あのときの一言に感謝の言葉を送ろうね」と、妻が言ったことを私は忘れてはいない。