エッセイ優秀賞


1997年エッセイ・優秀賞

『保険に込めた心意気』

兵庫県 元満素子さん
39歳 (主婦)


  結婚して間もない頃、「生命保険に入ったんだ…。このオレがさぁ-」と言う夫の表情が、あまりに感慨深気だったので、ずっと忘れられないひとコマになっていた。
 やがて、子供が一人二人三人と、家族が増えるたびに、保険のことを口にする夫に、一切をまかせきりにしていた。
 結婚十三周年も過ぎた最近、年賀状と暑中見舞状で、お名前だけは存じ上げていた営業職員の方と、初めて話す機会があった。
 「御主人様とは、入社されて以来、三十年からのおつき合いですが、以前は声をおかけしても知らん顔されて…。それが、結婚がお決まりになったとたんに、話を聞いてださるようになったのですよ。
 そうだったのか…。私は、誠実で、全身で家族を包んでくれる夫しか知らない。
 そう言えば、夫の友人達から、人より長かった独身時代、ちょっとアウトローな生活振りだったと聞いたことがあったっけ。
 オレは何があっても、家族の人生への責任は果たすぞ、という覚悟にも似た心意気が、あの時、夫の心に芽ばえたのか…。
 出会って一週間で、結婚を決めた私達。 一瞬で、夫の眠っていた価値観を目覚めさせたのは、このわたし…? な一んて、古女房は、しばし遠い日を思い起こしては、縁の不思議を感じている。

寸評
審査員・玉村豊男
 自分のことしか考えていなかった若者が、結婚を契機にオトナとしての責任を感じていく……・ よくあるテーマだが、本人がいちばん意外そうに感慨深げなのも面白いし、最後のところの「なーんて」がピタリと効いて、なんとも微笑ましい夫婦像が伝わってきます。