エッセイ入選 |
「母さん、明日の日曜日家に居る?」 その夜、自動車修理工場の仕事から帰ったばかりの息子が手も洗わず、台所に立つ私の後姿に珍しく神妙な声で話しかけて来た。 「うん、何んかあったん? 別に用ないから居ると思うけど…」 いつもなら帰るなり、「腹減ったあー、飯まだかよー」などと乱暴なふりの甘ったれ声を出して急かすくせに、その夜だけはいつもと違っていた。私はその言葉が気になりながらも腑に落ちないまま日曜日の朝を向えた。 息子は日曜日の朝にはこれまた珍しく早起きして身だしなみを整えている。 (ハハーン、彼女でも連れて来る気かな?) 私は息子の様子を盗み見しながら早めの掃除を済ませ予定の時刻を待った。 「ピンポーン」玄関のチャイムが鳴り、来客の気配に息子はいち早く出て行き、案内しながら入って来たのは五十代位の女性だった。 「母さんにも承諾しておいてもらおうと思って来てもらったんだ。俺、ニ十歳の通行手形に生命保険に入ろうと思う。母さんが受け取り人で…・・まあ親孝行の一つと思ってさ」 息子の顔は晴々とした夢と希望に輝いているように見えた。小さい頃から母と息子のニ人暮らし、紆余曲折の中で漸く迎えたニ十歳。 私に見せた、初めての孝行息子の笑顔だった。 大人としての責任?…と。いつの間にか成長した息子の言葉に胸が熱くなった。 |