エッセイ優秀賞


1998年エッセイ・優秀賞

『私ができる愛の第一歩』

神奈川県 高橋栄美さん
29歳(主婦)


  その日買い物から帰った私は、郵便ポストに一通のダイレクトメールを見つけた。それは生命保険の勧誘だった。生命保険なんて、縁起でもない。にべもなくクシャクシャと、堅めのペーパーを丸めた私は、ゴミ箱にポイと投げ捨てた。小さな塊は弧を描いて、もう少しのところでフローリングの床に落ちた。
 そのとき幼稚園の娘が、「この人かわいそう」と言って紙屑となったメールを拾い上げた。シワだらけになった紙は、女性が泣いている写真がこちらを見ていた。娘がちいさな手で、それを広げて私に見せた。
 するとちょうど写真の女性が笑ったように見えた。たしかに笑っていたのだ。そして娘もケラケラと笑った。
 今まで生命保険といえば、一家の大黒柱が入るものと思いこんでいた。今は収入のない専業主婦が入っても、掛け金が家計を圧迫するばかりで、まさかのことは「絶対まさか」とタカをくくっていた。しかし娘の笑顔を見たとき、この笑顔を絶やしちゃいけない。私が生命保険に入ることが、その責任を果たす第一歩になると確信した。
 今日も娘は元気に幼稚園に通っている。そして明日も、あさってもこの幸せが続くように。私にできることを、一から確実に踏み出したんだという自負がある。

寸評

審査員・市川森一
 まるで、質のいいドラマのワン・シーンの様な、日常のさり気ない風景の中で発見された母子の、さわやかな感性を見事に表現されているという点で、「生命保険」のテーマを越えた、第一級のエッセイになっていると思います。文句なく脱帽。