エッセイ優秀賞 |
その日買い物から帰った私は、郵便ポストに一通のダイレクトメールを見つけた。それは生命保険の勧誘だった。生命保険なんて、縁起でもない。にべもなくクシャクシャと、堅めのペーパーを丸めた私は、ゴミ箱にポイと投げ捨てた。小さな塊は弧を描いて、もう少しのところでフローリングの床に落ちた。 そのとき幼稚園の娘が、「この人かわいそう」と言って紙屑となったメールを拾い上げた。シワだらけになった紙は、女性が泣いている写真がこちらを見ていた。娘がちいさな手で、それを広げて私に見せた。 するとちょうど写真の女性が笑ったように見えた。たしかに笑っていたのだ。そして娘もケラケラと笑った。 今まで生命保険といえば、一家の大黒柱が入るものと思いこんでいた。今は収入のない専業主婦が入っても、掛け金が家計を圧迫するばかりで、まさかのことは「絶対まさか」とタカをくくっていた。しかし娘の笑顔を見たとき、この笑顔を絶やしちゃいけない。私が生命保険に入ることが、その責任を果たす第一歩になると確信した。 今日も娘は元気に幼稚園に通っている。そして明日も、あさってもこの幸せが続くように。私にできることを、一から確実に踏み出したんだという自負がある。 |
審査員・市川森一 |