エッセイ優秀賞


1998年エッセイ・優秀賞

『姉ちゃん、 命いくつあってもたらへんで』

京都府 田中美枝子さん
53歳(卸売業)


  「母さん、私に何かあったら、これ使こうてや」私達の反対を押しきり、娘は女刑事への道を選んだ。親子二代の商売人。三代目もきっと一人娘が継いでくれると信じて疑わなかった私達は正直、戸惑いを隠せなかった。
 警察学校を終え、所轄の交番に配属された。市内でも凶悪な犯罪が多い地区。ある日、バイクで巡回をしていた時、暴走族に取りかこまれた。リーダー格の一人が「姉ちゃん、命いくつあってもたらへんで」とすごんだ。娘は、「私の事やったら大丈夫、生命保険かけてるさかいな」と切りかえしたそうだ。危機一髪、パトカーが応援にかけつけ、事なきを得た。
 初めての給料を手にした時、娘は一番に保険に入り、私に手渡した。
 あれから5年、警官から刑事へ、娘はより忙しく、より危険な仕事につく様になった。「姉ちゃん、命いくつあってもたらへんで」それからも幾度となく、おどされ、危険な目にあってきたという。そのたびに娘は、「保険かけてるさかい大丈夫や」そう言って自分を励まし、勇気づけてきたそうだ。
 私は生命保険と聞くたびに「これが見えぬか、悪人共」と印籠代わりに大見得切る娘を思い出し、苦笑せずにいられない。頑張れ、保険つき女刑事さん、長生きしてや!

寸評

審査員・市川森一
 極めて私事の視点ですが、小生、目下たまたま「女刑事ドラマ」を書いている最中でして、この保険つき女刑事さんのエピソードを読んで、「オッ、コレはドラマでも使える!」と思ってしまったんですよネ。それで、つい選んでしまいました。