エッセイ入選


1999年エッセイ・入選

『私を生んでくれてありがとう』

神奈川県 外山記世さん
27歳 (主婦)


  厚い扉が開くと、暗闇の中一斉に拍手が沸き起こり、キャンドルのほのかな灯かりが、こちらに向かってゆっくりと歩き始めた。ウェディングマーチの中、満面に笑みを浮かべたニ人が、テーブル毎に幸せを灯していく。
 今日は従妹「廣美」の晴れ舞台。叔母は涙を瞳いっぱいに浮かべ、彼女を見つめている。
 廣美が父親を失ったのは彼女が叔母のお腹にいる時。叔父がダム建設の作業員をしていた時、けがをした同僚を肩に担ぎ、トンネル内を歩行中、ダンプに轍かれたのだ。
 29年前、悲しみも覚めやらぬまま、叔母はまだ生まれ来ぬ子と残された自分の為に家を建てた。家賃負担の不安から逃れる為だと聞かされた。購入資金には保険金が丸ごと充てられたという。雨の日も、風の日も、そして嵐の日も、叔父は家へと姿を変え、二人を包み込むように守ってきたのかもしれない。
 「朝起きると、お母さんはもう仕事に出かけていて、寂しい思いをしたこともありました。」 幼少時の自らの孤独を訴える言葉から、廣美のスピーチが始まった。そのエピソード一つ一つが列席者の心を打ち、私の目にも、熱いものが込み上げてきた。身を粉にして働いてきた叔母。彼女は文字どおり女手一つで娘を育て上げたのだ。そんな叔母が、ハンカチ片手にそっと私に呟いた。  「あの時、保険がなかったら廣美を生んでいたかどうか」 妊婦の手にした保険金が、彼女の経済的不安を軽減し、この世に貴重な生を送り出したのである。
 スピーチの最後、廣美が叔母に送った言葉、 「お母さん、私を生んでくれてありがとう」 その瞬間、この日一番の割れる様な拍手が会場を包み込んだ。