エッセイ入選


1999年エッセイ・入選

『愛の証』

兵庫県 松村直治さん
69歳 (団体非常勤嘱託)


  兄は六十歳半ばにガンのため約三か月の入院生活のあと亡くなった。あとに残された兄嫁や子どもたちの生活のことが気がかりだった私は四十九日の法要の席で甥に「おい、入院費用や葬式など大分出費がかさんだだろう。大丈夫か?」とそっと聞いてみた。
 貿易関係の仕事をしていた兄は収入も多かったが、使うことも派手で「財産などを残しても、ろくなことはない」というのが常で、預貯金などはしていなかったことを知っていたからである。
 「それが不思議なんです。母親を受取人に生命保険をかけていてくれたんです」  甥も父親の生きざまは私以上によく知っていただけに、葬儀のあとで兄の書斎の机の引き出しで保険証券を見つけた時はびっくりしたらしい。しかも、その額面は入院や葬儀費用はもちろん、義姉の老後生活に困らない程の、まとまったものだったというのである。
 「そうか、よかったじゃないか」
  私がそううなずきながら、仏壇の方に目を向けると、兄の遺影がいたずらをみつけられた子どもみたいに、にやりと笑ったように思えた。 私は思わず「なにが美田を残さずだ。ええかっこしい」と毒づきそうになった。
 本人はガンとは知らず、すぐ治ると思い込んでいたので遺言もなかったが、机の奥にこっそりとしまっていた一通の保険証券は、兄の家族への愛の証だったのであろう。