エッセイ優秀賞 |
「パパ、タバコは体に良くないよ。早死にしちゃうよ」、「パパ、車の中でタバコ吸ってたでしょ」という子供達の声に、「ちょっとだけだよ。パパは君達をおいては死なないよ。ママに怒られちゃう」と、何度同じ言葉を返しただろう。 妻が二度と手の届かない所にいってしまってから、時折ものすごいプレッシャーに襲われる。それは、「私に万が一のことがあったら子供達は?」という重圧だ。 ついこの前までの重圧(恐怖)は、担当医の「お話があります」という言葉だった。先生のお話は、回を重ねる度に私を暗闇の中に引きずり込んでいった。いや、妻の心中はもっと複雑だっただろう。幼い子供達を残していかねばならない無念さ、恐怖は、十数回にも及んだ治療にもかかわらず良くならない妻の体が一番よく知っていたに違いないから。 私が、子供達にしてやれるものは何か。それは、親に愛されているという実感と実際に生きていける生活の基盤を与えてやることであろう。前者は、私の努力で可能だ。では、後者の方はどうか。特に財産もあるわけでもない平凡な私には、保険以外には思いつかない。保険は、万が一の時に備えた私の愛情表現か。そんなことを考えていたら、娘の「パパ、またタバコ…」の声で我に返った。 |
審査員・市川森一 |