エッセイ優秀賞


1999年エッセイ・優秀賞

『 T・Kさんへ 』

福岡県 白垣充子さん
49歳(主婦)

 お元気ですか。少しばかり変色しかけた保険の証券を見て、あなたのことをなつかしく思い出しています。誰一人知り合いのいない土地に、私達が転勤で移り住んだ十二年前、あなたは、ご主人をガンで亡くされた直後でした。「元気な主人だったのよ。人生ってわからないもんね」つらい出来事を体験されたとは信じられないほど、元気いっぱいのあいさつ、朗らかな笑い声が、今も耳に聞こえてくるようです。たった二年間のお付き合いでした。転勤族の私達家族は、あれから五回も引っ越しました。あの時、中学生だった息子も昨年結婚し、今は夫と二人の静かな暮らしです。
 「六十歳まで払い込んだら、その後十年間は年金でもらえるのよ」と勧めてくださった医療付き生命保険は、今も継続しています。”年金なんて と思っていたあの頃の私。自分の老後が想像すらできなかった、そんな若い頃が夢のようです。真剣に老後を考える歳になりました。ここまで元気で生かされたことに感謝。そして、これから終焉までの日々を、どれだけ充実した、悔いのないものにしていくか、大きな課題です。
 あなたは今日も元気いっぱいで、保険のお仕事をしていらっしゃることでしょう。保険証券を見るたびに思い出し”私も元気よ と心の中でメールを送っています。いつかまたお会いしたいものです。年金がもらえるようになったら食事をごちそうさせてください。

寸評

審査員・市川森一
 保険の加入を薦めてくれた営業職員さんへの手紙。年を経て、往時の懐かしさがよぎった思いを、手紙文の形式で綴った手法が秀逸。