エッセイ優秀賞 |
「ばあちゃんの宝物見せてあげようか?」 お菓子の空き箱片手に祖母は、子供の私を呼んでそう言った。 開けてみると、数枚の写真と一枚の紙が入っていた。写真の方は、天皇陛下のご成婚パレードのスナップ写真だった。 「病気で寝たきりになったらこの写真を見て過すつもりよ」と祖母は笑った。 「病気になったら困るよ」と私が言うと、祖母は箱の中の紙を指さして、「その時はね、この紙が助けてくれるよ。この紙はね、病気になっても、死んでも、後の事は心配しなくていいように助けてくれる魔法の紙なんだよ」と言った。「魔法の紙?すごい!みせて」とねだる私に、祖母は何も言わずに微笑んで箱の蓋を閉めた。 あれから数十年、祖母は昨年の秋の週末にこの世を去った。 「平日に葬式なら学校休めたのに」と孫の一人が不謹慎な事を言った。たしなめるように父がこう言った。「休みの日だった事、ばあちゃんに感謝せんか。あの人は、死んだ後も誰にも心配かけないように、保険入って、預金もしていた立派な人なんだぞ」この言葉を聞いて私は、あの時の祖母を思い出した。 そして、そっとつぶやいた。 「おばあちゃん。魔法の紙の正体わかったよ」 棺に眠る祖母の顔は、安らかだった。 |
審査員・市川森一 |