エッセイ入選


2000年エッセイ・入選

『父の贈り物』

東京都 Y・Oさん
36歳 (病院勤務)

  「これで払いなさいよ」  母が押入れの中から一枚の証券を取り出した時、私は机の上で何百万という数字を書いたり消したりしていた。高校を出て十年余、三十を前に『もう一度、勉強したい』という強い思いで受験、合格できた鍼灸の専門学校の入学手続き時である。今までの預金はあったものの、予想外の出費が嵩むことが判ったのだ。私立、しかも医療系というわけで高額の入学金、授業料、設備費に加えて入学要項のどこにもなかった寄付金という欄が増えていた。三年間バイトしながら何とかやっていける筈の計算が早くも狂ってしまった。期日までに振り込まないと合格は取り消されてしまう。紙の上の、定期や積立の満期時期を唸りながら睨んでいる私に、母が言った。 「お父さんの亡くなった時の保険金、子供四人それぞれの名義で入りなおしてたの。男の子たちも大学で使ったし、それ、あんたの分」
 父は癌だった。私が幼い頃からずっと体も弱かった。弟達を進学させるため、私は収入の道を選んだ。父が亡くなり皆一人前の働き手となった今、私は昔の夢を想い出したのだ。父の闘病姿を見て医療の道に行きたかった。父のかわりに働き手となるため、それを諦めた。そして、今、父の形見がその夢を後押ししてくれるなんて。震えそうになる声で私は 「ありがとう」 と言いながら証券で顔を隠すように伏せた。