エッセイ優秀賞


2000年エッセイ・優秀賞

『癌は・・・怖くない』

愛知県 市野瑞恵さん
44歳 (会社員)


   「進行性の直腸癌です」と、いとも簡単な検査結果。  本人の私よりも青ざめた表情の主人。  こうなりゃあ、切り取ってもらうしかないじゃないの!と開き直った本人は強いものだ。入院までの数日間で、主人への家事の引継ぎ特訓。物のある場所、洗濯機の使い方。
 少なくとも二ヵ月は一人暮らしを余儀なくされた主人は「お前、毎日仕事に行きながら、こんなに家の中の事やってたんかぁ」と初めて気づいた様子。思わず笑ってしまう。
 それでも、入院期間、一日もかかさず面会に来てくれた主人。しかも…私の洗濯物を持ってきて、持って帰る毎日。
 退院の日、支払いを気にしていた主人に、「あなたに使うつもりで入っていた夫婦保険、私が先に使ってしまったね」と言ったら、「生きている内に使う保険なら、どっちが使ってもいいのさ!」とポツリ。
 あれから三年、再発したらその時にまた頑張ればいいさ、とノーテンキに考えて、まるで何もなかったように毎日が過ぎています。
 多分…きっと…
 主人はもう、洗濯機の使い方忘れていますね。

寸評

審査員・市川森一
 「私にも同じ体験がありますョ」と、選者の幾人かが異口同音に言い出した。そして、「どうせ不幸に直面するなら、彼女みたいに明るく受け止めたいよね」というところで意見一致。その時点で優秀賞も確定した。