エッセイ最優秀賞


2001年エッセイ・最優秀賞

『母に言えなかった言葉』

大阪府 大沢美里さん
22歳(会社員)

  突然、事故が起こったのは、私がまだ八歳の頃。暑い夏、大好きだった母は、私に何も言わず天国へ旅立ってしまいました。母子家庭だった私は祖父母に育ててもらいました。年金生活の中で私は、中学、高校、短大へと進学し、今から思うと、それを当然の事と思い、贅沢もたくさんしていました。
 当然の事を当然ではないと知ったのは、私が短大の卒業式を迎えた日のこと。祖母は私にこう言いました。「あなたのお母さんね、貧乏だったけど、生命保険にだけはちゃんと入ってくれてたの」と。そして、そこから、私が進学するたびにお金を引き出していた事、私を育てるための生活費用に使っていた事を話してくれました。
 母は私に何も言い残さずに逝ってしまいました。しかし母は、私にしっかりと道を歩ませてくれていたのです。もう残りわずかとなった母の保険金は、もうすぐ私の結婚費用としてなくなろうとしています。
 私のたどってきた道には、いつも母の支えが、愛情がそそがれていた事に、今更ながら感謝し、あの日、母に言えなかった言葉を心の中で何度もくり返しています。
 「ありがとう」と。

寸評

審査員・市川森一
  このコンテストは、エッセイとしての作品性よりも、そこに描かれる事実の重みの方が審査員の心を動かしてしまう、といったケースが時々ある。今回、かなりの激戦の末、最優秀賞を勝ち取った大沢さんの「母に言えなかった言葉」は、実体験そのものが感動を呼ぶ内容であり、しかも、その事を押し付けがましくなく、素直な筆致で綴られているところが、多くの審査員の得点を得る結果となった。