エッセイ優秀賞 |
あるとき、ぼくのおかんがオヤジに保険をかけると言い出した。オヤジは昔気質の頑固者で、前に生命保険のセールスが来たときは「そんな縁起が悪いもんしるか!」と追い返していた。 そのオヤジに保険をかける! おかんはチラシをオヤジの前にたたきつけ「ええからはいりんしゃい!」と一喝。いきなりのことにオヤジは面くらい、ビール片手に「縁起悪い! おみゃあ、おれに死んで欲しいと?」とぶつぶつ言う。 「はいれ!」「いやじゃ!」の押し問答が小一時間続いたあと、「おみゃあ、つまりおれのこと、もうどうでもいい、そういうことか!」といきなりオヤジが絶叫した。 少しの沈黙のあと、おかんが口を開いた。 「何言うとる、あんたを愛しているからやん」 おかんの意外な答えにオヤジは口をあけ、ぽかーんとしている。 ぼくもぽかーん。 「もしあんたが入院でもしたら、万が一死んでもしたら、あたしこのバカ息子(ぼくのこと)を抱えて生活に追われて、あんな男と一緒になったばっかりに、ってきっと後悔する。どんな状態になってもあんたと一緒になったこと後悔しとうない。だから、はいり!」 おかんの勝ちだった。負けたオヤジが風呂に入っているとき、ぼくはおかんに「あんた、なかなか策士やねぇ」と言ってみた。 「愛は何よりも強し!」そう言って豪快に笑うおかんの姿に 「あぁ、この人には誰も勝てねぇなぁ」と思うぼくだった。 ![]() |
審査員・市川森一 |