エッセイ優秀賞


2001年エッセイ・優秀賞

『ぼくのおかん』

東京都 近藤 歩さん
21歳(学生)


  あるとき、ぼくのおかんがオヤジに保険をかけると言い出した。オヤジは昔気質の頑固者で、前に生命保険のセールスが来たときは「そんな縁起が悪いもんしるか!」と追い返していた。
 そのオヤジに保険をかける! おかんはチラシをオヤジの前にたたきつけ「ええからはいりんしゃい!」と一喝。いきなりのことにオヤジは面くらい、ビール片手に「縁起悪い! おみゃあ、おれに死んで欲しいと?」とぶつぶつ言う。
 「はいれ!」「いやじゃ!」の押し問答が小一時間続いたあと、「おみゃあ、つまりおれのこと、もうどうでもいい、そういうことか!」といきなりオヤジが絶叫した。
 少しの沈黙のあと、おかんが口を開いた。
 「何言うとる、あんたを愛しているからやん」
 おかんの意外な答えにオヤジは口をあけ、ぽかーんとしている。
ぼくもぽかーん。
 「もしあんたが入院でもしたら、万が一死んでもしたら、あたしこのバカ息子(ぼくのこと)を抱えて生活に追われて、あんな男と一緒になったばっかりに、ってきっと後悔する。どんな状態になってもあんたと一緒になったこと後悔しとうない。だから、はいり!」
 おかんの勝ちだった。負けたオヤジが風呂に入っているとき、ぼくはおかんに「あんた、なかなか策士やねぇ」と言ってみた。
 「愛は何よりも強し!」そう言って豪快に笑うおかんの姿に
 「あぁ、この人には誰も勝てねぇなぁ」と思うぼくだった。

寸評

審査員・市川森一
  もしも入賞作の中からどれか一本をテレビドラマに推薦しろと言われたら、迷わず、この作品を薦めるだろう。理由は、おかんのキャラクターの面白さ。とてもじゃないが、「愛してる」なんてセリフの似合わないタイプ。そのおかんが、せっぱ詰まって、一世一代の「愛してる!」これは絵になる。