エッセイ入選


2002年エッセイ・入選

『甦った妻』

山梨県 内山弘紀さん
66歳(陶芸家)

  五十八歳の妻が短大を卒業した。年にめげず頑張った甲斐があり、卒業生総代となった。同級生たちと深夜までパーティーで祝い、妻にとって生涯最高の一日だった。皮肉なことにその翌日、妻はがんの告知をされた。それも急性で悪質な「スキルス胃癌第四期」。すでに臓器各部に浸潤しており、手遅れで手術は不可能。数日後には極度の貧血と猛烈な腹痛で意識不明となり、緊急入院となった。日に日に衰弱し、再起は不可能かと思われた。
 配偶者含みのがん保険に加入していたので、私は保険会社に連絡した。なんとか状況を伝え電話を切った瞬間に、私は一人で号泣してしまった。私の体調に備える保険だったのに、なんで妻の給付金を請求することになったのだろう。せつなくて涙が止めどなく流れた。
 五週間の入院後、妻は奇跡的に退院した。医師団の努力で、抗がん剤によるがん細胞の封じ込めが功を奏したのだ。保険からの診断給付金や入院給付金により、妻は五週間を個室の特別室で過ごせた。おかげで誰に気兼ねすることもなく、テレビを見たり、花や人形を飾り、本を読み、電話を掛けまくり、思いきりおならをしながら、自分のペースで治療に専念できたのだ。短大は四年制大学に改編し、妻は三年生に編入されている。退院一ヵ月後ついに復学することができた。「短大はトップ、大学はビリで卒業するね」と、爆弾を抱えた妻はいう。二人暮らしの我が家に、いま再び笑い声が戻りつつある。