エッセイ入選


2002年エッセイ・入賞

『営業職員の一言』

愛知県 青山茂利さん
48歳(会社員)

 私は四十六歳になる直前まで、職場の検診でも全く異常はなく、自分の健康には絶対的な自信があった。自分が深刻な病気となり、万一をも覚悟しなければならないなどということは、夢にも考えたことはなかった。
 そのため四十歳になった時、何かと物入りのこともあり、傷害・ガン保険等は残したものの、生命保険は解約してしまった。
 ところがある日、毎日職場に勧誘に来ていた生命保険の営業職員の方に何気なくそのことを話した時、「そんなことで、男として家族に責任を持っているといえるのか」と強い調子で諭されたのである。
 最初は勧誘せんがための言だと聞き流していたのだが、例え自分の会社でなくてもいい、とにかくもう一度考え直すようにとの言葉には胸に響くものがあった。四十五歳の時だった。
 そして今、私は三回目の秋を病室で迎えようとしている。未だ先が見えない中、宿命と戦う精神力をかろうじて保っていられるのは、もちろん家族、周囲のおかげである。
 ただ、心の支えの一つに「自分がもし万一の時にも、とりあえずは家族を路頭に迷わさなくても済む」との安心感があることも紛れもない事実である。
 もしあの時、あの一言がなかったなら、眠れない夜を送っていたであろう。