エッセイ優秀賞


2002年エッセイ・優秀賞

『穏やかな日々をありがとう』

岡山県 土屋たづ子さん
53歳(塾経営)


 突然、夫が倒れたのです。朝、元気に仕事に出かけた夫が、その日の夕方には意識の戻らぬ人になってしまったのです。夫、四十四歳の時のことでした。
 幸い一命は取りとめたものの夫の意識が戻ることはありませんでした。入院が半年を過ぎた頃、退院を進められるようになりました。自分で身体を動かすことすらもできなくなった夫と、これからどうやって生きていけば良いのだろうかと途方に暮れてしまいました。
 そんな時、保険の営業職員の方が、夫に高度障害保険金がでることを教えてくれました。子どものいない私たちは、お互いを受取人にして生命保険を掛けていたのです。すぐに、夫の保険金を受け取りました。
 病気の治る見込みのない患者は三ヵ月ごとに病院を変わらなければならないという声も耳に入ってきました。私は夫を自宅で介護したいと思いましたが、居宅介護には、介護用ベッドや体位変換器、リフト、吸タン器などの高価な介護用品がたくさん必要でした。私は、その保険金でそれら全てを揃え、居宅介護の準備をしました。
 往診のお医者さんも訪問看護婦さんも見つかり、夫と私は、大きな窓のある我が家で暮らし始めました。夫の表情が優しくなってきました。窓から見える大きな入道雲を二人で眺めながら、思いもしなかった穏やかな毎日を過ごしています。夫が倒れてから、もう六年が過ぎました。生命保険に入っていて本当に良かったと感謝の日々を送っています。

寸評

審査員・市川森一
  寝たきりの夫を居宅介護する妻。これでもし生命保険に加入していなかったら、どんな悲惨な状況だったろうかと想像するだに、保険制度のありがたさが身に沁みる貴重な体験談。窓から見える入道雲がご夫婦の心の安泰を象徴している。