2003年エッセイ・入選
『前向きに検討すべき諸事項』
東京都 松野城太郎さん
35歳(会社員)
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「そういえば、私たちの生命保険をもう一度、見直さなきゃね」娘が生まれて一年が過ぎる頃に妻がそう言い出しました。
夫が切り出す小遣いの値上げ交渉にはシビアに反応するクセに、税金や保険料の話にはトンと疎い妻の思い立ったような一言でした。
私たちの娘はダウン症という障害を持って生まれてきました。子育て初心者の夫婦にとって、この一年は、虚弱な赤ん坊を抱えての右往左往の毎日でした。いえ、本当のことを言うと、妻も私も障害児の誕生に自分勝手なショックを受け、そこから立ち直ることに精一杯。とにかくいろいろなことをみんな後回しにしてきた一年だったのです。
ダウン症児はゆっくりと成長します。
「あせらず、子供の成長を見守ればいい」「華やかでなくとも穏やかな毎日を楽しめばいい」そう思えるようになった私たちは、家族の明るい未来のために健康に気を使い、倹約に努め、時間の使い道に頭を働かせるようになりました。
考えてみれば、それらは何も障害児の親だからすべきことではなくて、誰もが心がけるべき『堅実な行い』なのではないでしょうか? 悲しむだけの日々を脱した今、妻が言うように、そろそろ家族の将来設計も前向きに見直せる時期なのかもしれません。
さて、私は娘に何を残せるのかな?
私たち家族に何が残るのかな?
そうそう妻よ、この際、夫の小遣いアップも前向きに検討しておくれ。
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