エッセイ入選


2003年エッセイ・入選

『おやになるとき』

愛知県 村井 史絵さん
32歳(会社員)

  「おめでとうございます。二ヵ月ですよ」と、やさしい笑顔の女医さんに妊娠を告げられたとき、私の頭の中には、さまざまな表情の夫の顔が浮かんでいた。
 結婚して三年半、ずっとお互いに仕事を持ってやっている。家事との両立は大変だが、夫一人の稼ぎでやっていくのは正直、不安だ。働くことが、家計一切を任された私の"精神安定剤"的役割も果たしている気がする。
 それに、「俺は一家の大黒柱だ」と偉そうに言いつつも、実は私を当てにしている夫の態度も、本当は気に入らない。
 だから、子どもは欲しいけれど仕事も続けたい。だいたい、私たちで育てていけるの?
 こんなジレンマの中で、私は生活してきた。そして、妊娠。喜びと不安が波のように繰り返す中で、ひとり夜を待った。
 夕食後、夫の表情を確認するように私は伝えた。「私たち、赤ちゃん、授かったよ」 彼の表情が固まった。あぁ、やっぱり…。
 でも次の瞬間、「そっか、俺たちもとうとう親になるんだな」と、最近では見たことのない笑顔で彼は答えた。それからは彼の独壇場。「俺、健康診断とか最近受けてないから行こうかな。家族を支えるには体が資本だからな。あー、あと生命保険も見直さなきゃ。今までは、俺に何かあってもお前は一人でやっていけると思ってたからさ…」
 子を授かったと知ったとき、最初に浮かんだ夫の顔が、そこにあった。