エッセイ入選


2003年エッセイ・入選

『娘の文』

兵庫県 松村 直治さん
73歳(NPO法人非常勤嘱託)

  「父の日」――東京に住む娘からプレゼントとともに届いた手紙を読んで「あいつも、やっと親らしくなったか」と思わずつぶやいた。その便りには「こんど子どもたちの学費積立てをかねて生命保険に入りました。その支払いもあってパパへのプレゼントはちょっぴり節約しました。ごめんね」とあった。
 娘は結婚後も「お金なんて貯めても仕方ないんじゃ。ぱっぱっと使って、楽しんだ方がまし」というのが口ぐせ。夏休みに三人の孫を連れて里帰りしてくるときも、いつも親からの小遣いをあてにして片道切符。倹約、貯蓄などとは縁遠く、わが娘ながら、お義理にも良妻賢母とは言いかねた。その娘が長男の小学校卒業を控えて、子どもたちの将来の教育費に役立てようと保険に加入したというのである。
「三十歳代になって、子どもの将来を考える母親になったか」とその心境の変化を頼もしく思う反面、親離れしていく娘の顔を思い浮かべて、ちょっぴりさびしくなった。
そして親代わりの役を果たす生命保険をうらめしく思うひとりの父でもあった。