エッセイ優秀賞 |
結婚してまだ三ヵ月だが、最近つくづく思う。 夫婦の会話は難しい。 大根の値段とか、魚の鮮度とか、布団を何時に干すかという妻の話しに、どれ程の力を入れて答えるべきか悩んでしまう。 ある日、妻が事件に遭遇した。 「私、死にそうになったのよ!」 妻の話は前から大げさだ。 「駅に行く細い道で、私の真横を車が百キロ位で走ったの」 あの狭い道を時速百キロで走れる車はこの世の中にない、と僕は心の中で言った。 「ギリギリだった、これ位」 妻と車の距離は、およそ三センチだったらしい。多分、三〇センチの間違いだと思う。 「そのあとを、白バイが追いかけてきて…あそこ、車は通っちゃいけない道でしょ」 近所の人の話によると、白バイが追いかけていたのは事実なようだ。 「いつどこで事故に遭うか、分からないわ」 まったくだ。無事で何より。 「あなたも気をつけてね…死んだら殺すからね」 意味不明な言葉を受けつつ、僕は思った。 先のことは分からない。車両通行禁止の道で暴走車に轢かれるかもしれない。死にたくないが、万が一ということがある。そうなったら、妻はどうする。少しは寂しがると思う。いや、寂しがって欲しい。 再婚は?最近太ってきたし厳しいかも。でも、元気で生きて欲しい。そうなるとお金も必要だ…。 そういや、僕は生命保険に入っていなかった。すっかり忘れていた。 妻の大げさな話を聞いて、僕は生命保険に入った。 夫婦の会話がいつまでも続くことを願って。
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審査員・市川森一 |