エッセイ優秀賞


2003年エッセイ・優秀賞

『伝えていますよ、僕らの「思い」』

神奈川県 山根 英樹さん
61歳(無職)


 結核を患って退院したばかりの僕に、「私でよければ」と言ってくれた君。
 そして、お互いに「健康で心安らぐ家庭」にしたいと指きりげんまんした日。
 四人の子どもたちに恵まれた時、万一に備えて僕は自分だけ生命保険に加入しました。
 安月給の家計でやりくりするのが大変だった君を、僕は知っていましたから。
 それでも加入したのは、約束に対する僕の誠意を君に知ってもらいたかったからです。
 しかし、運命は残酷な試練を求めました。
 予想もしない病でしかも突然に、君が先に逝くなんて…。
 そしてその時、目の前にした保険証券で君が自分にもかけていたのを知った驚き。
 あれから十五年目の夏を迎えました。
 君が「遺した思い」で子どもたちは四人とも好きな勉強ができました。そして今、「生命の時間」を謳歌しています。
 その姿を毎年こうして見てもらいたくて、君の前にみんなが顔をそろえています。
 いつの頃からか気が付いたのは、彼らがだんだん君に似てきたことなんですよ。ほら見てごらんよ。
 君と約束した「思い」は少し言葉を変えて、子どもたちとの合言葉になりました。
「健康で、心安らぐ人生のために」
 そのために、好きなことに挑戦しようってね。

寸評

審査員・市川森一
  亡妻の愛が、生命保険という形で何年も家族にそそがれ続ける。愛はお金では買えないというセリフがあるが、こんな体験談を読まされると、ひょっとしたら、お金は愛に変わることができるのかもしれないと思ってしまう。良い妻というのは、死んでもなお良い妻であり続けるんですね。