エッセイ入選


2003年エッセイ・入選

『わが家の合言葉』

東京都 中村 安希さん
20歳(学生)

  困った時は"お父さんのお金"があるから大丈夫。これがわが家のこの十年の合言葉でした。私が十歳の時、父は心臓疾患で急死。経営していた町工場を整理するのが精一杯で働き始めた母。私は眠れない、食べられない、それに学校は?生活は?と不安がいっぱい。おそるおそる母にきいてみると、"お父さんのお金(生命保険) のことを教えてくれたのです。贅沢は出来ないけれど大丈夫の言葉に私の心はパッと晴れ、母に心配をかけないように頑張ろうと思いました。大切なお金はいざという時のためだから普段は手を付けず無駄遣いを防ぐようにとも言われましたが、少しも苦になりませんでした。大学受験の時も安心して挑戦し希望校に入学しました。
 祖母との三人の生活を支えてきた母が最近疲れ気味と言うので、少し休んだらと勧めてみました。私も二十歳。もう少しで働けます。それにいざという時には"お父さんのお金"があるし。すると母はクスッと笑って、健康が自慢の父は大の保険嫌いで、入っていたのは病気死亡時四百万円の小さな保険だったことを初めて打明けてくれたのです。母が語る綱渡り生活の様々、思い当たることばかりでした。四百万円は日常生活では大金ですが、保険金額として頭に浮かぶのは桁ちがいの大金。でもわが家では"お父さんのお金"が守り神となってずっと私達を勇気付けてくれていたのです。
大好きなお父さん、これからも見守っていてね。