1994年エッセイ・入選
『日曜日の心配事』
大阪府 木村美千代さん
27歳 (会社員)
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日曜日の朝早く、優しいまどろみを破って電話のベルが鳴った。
「ふぁーい」 あくびとも返事ともつかない声で応じると、受話器の向こうから早口な母の声が聞こえてきた。
「あなた、生命保険かけてるの?」
「うん、かけてるよ」
結婚記念に彼と二人で入った保険の証書のことをぼんやりと思いながら答えると、「あ一、良かった」と母は深い溜め息をついた。
「なあに、一体」ゆっくりと休んでいたかった休日の朝を奪うほどこれは大切なことなわけ? 電話のこちら側で口を尖らせる私に母は遠い親戚の娘さんの死を告げた。家庭にも仕事にも恵まれなかった彼女は恋の一つもしないまま三十才の若さで突然逝った。何とも悲しいことだと母は涙声を出した。
だが、誰にも言わず入っていた保険のおかげで、彼女が喜びそうなお葬式が出せそうだと言う。ばらばらだった家族が集まり、幸せ薄かった彼女のために手をつなげそうだと。ここから新しい家族の歴史が始まるかもしれない。
それをしみじみと語る母に私はきいた
「ところでお母さんたちはどうなの?」
母は一瞬言葉を詰まらせて、それから小さな声で言った。
「今からでも入れるかしら」
「頼むよーっ。もぉ」
私の大声に目を覚ましたのか、夫が小さく寝返りをうった。
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