エッセイ入選


1994年エッセイ・入選

『人の世の出会い』

大阪府 鳩飼きよ子さん
 64歳


 
 寒い日の夕方、買物から帰ると表に見知らぬ女性が立っていた。保険の話を聞いてほしいと言う。保険は嫌いなのでいいと断ったが、そういう方こそ聞いてほしいと言う。いかにも誠実そうで、営業職員のおしつけがましいイメージとはちょっと違うのに好感が持てた。二度三度足を運んで懇切にじっくりと説明して下さって、やっとその気になって入った夫の生命保険が、その三年目に夫が急死したあとのわが家をどんなに支えてくれたことか。会社をやめ、新しい商売を始めたばかりで蓄えはこれからという時であったので、夫の死に涙しながら、下りた保険金はありがたかった。入ったものの毎月の掛金がかなり苦しくて、いやな時もあったが、その人は根気よく私に解約せず掛け続けるよう説得しながら毎月集金にきてくれた。
 夫の死に動転している私に付き添って保険金の受取りにも行ってくれたTさんというその人とは、その後長く付き合っている。あれからもう十五年になるがよい友である。その人も定年で会社をやめ、孫の子守りに忙しい。私も今年の秋からいよいよその人の助言で、一時払いで加入しておいた個人年金保険を受け取っての年金生活に入る。不安はない。
 一人の人とのかかわりが、私の人生の大きな基盤を作ってくれた。人の世の出会いと言う不思議を思うとともに、誠実一途のTさんにこそ営業職員の模範を見ている。