1994年エッセイ・入選
『支えて 支えられて』
北海道 町田博さん
40歳 (自営業)
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「今年は、こんなものが喜ばれて。」
Sさんは、いつもの笑顔で、露草の絵柄の団扇をさしだした。小口の契約を、一度、交わしただけなのに、折々に尋ねてくる。
明るく笑みを絶やさない女性だが、その心には、二つの悲惨な記憶が、しっかりと刻まれている。
夫の急病と、長男の事故だ。
とくに、深夜の火災にまきこまれた、息子の悲劇は、特異なものといえる。多くは語らないが、そのことを転機に、今の仕事についている。五十才をすぎてからの選択だった。
「生活が、かかっていますから。」
そういいながらも、自分目身の体験に、生命保険の有用性が、はっきりと反映されている。その裏打ちがあるから、説明にも気持ちがこもる。無理強いはしない。「こんなのもある」と、わかってもらえればいいという。
「でも、新しい企画が、つぎつぎと出るものですから、大変なんです。」 さりげなく、パンフレットを配りながら、新規商品の長所を説明する。絶妙の呼吸
だ。 突然に襲う、生活の激変に対する安心は、日々の心のゆとりに直結する。その仲介を、Sさんは果たしているのだ。
わたしは、ふと、『支えて、支えられて人』の譬えを意識した。
「次男が、この秋に、結婚するんです。」
古い記憶の痛みを和らげるように、確実に、新しい季節がめぐってくる。
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