1995年エッセイ・入選
『一番はじめの生命保険』
東京都 水出弘一さん
48歳 (自営業)
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「彼、まだ早いっていうの」台所で娘が妻と『生命保険』の話をしている。
「お父さんはどうだった?」
「きいてごらんなさい」
私が『生命保険』に出会ったのは、いまから25年も前のことである。当時、私たちは『同棲』を始めたばかりで、愛さえあればそれだけでよかったはずだった。 が、生活を始めてみると、様々な社会的責任や道義が加わり、不安になった彼女が『社会への参加』として、持ち込んだのが『生命保険』だった。
若かった私は、自分の命の値段がはかられるようで腹を立て、彼女をなじった。傷付いた彼女は『同棲』を解消してくれと迫った。もちろん、私は同意しなかった。その夜の激しい口論の末、翌朝、私たちは区役所へ婚姻届をもらいに行った。帰りの公園で、私はブランコに乗った彼女から人生設計をきいた。彼女は24歳になったら子供を生み、35歳までには家を建て、老後は和服を着て、かわいいお婆ちゃんになるのだと言った。そのための『生命保険』であって、私の命の値段をはかるものではないと言った。
そうやって入った一番最初の生命保険は、まもなく満期を迎える時期にきている。掛け金がわずかだったので、満期の金額も少ないが、家はともかく、妻に和服を着せてあげられるくらいにはなるだろう。
娘の足音が近付いて来る。娘に何と言ってあげるべきか、私の考えはもうきまっていた。
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