エッセイ入選


1995年エッセイ・入選

『夫婦へのパスポート』

神奈川県 高橋由布子さん
31歳 (主婦)

 「生命保険、どうしようか」
 突然、夫が言い出した。結婚してまだ一ヵ月。夫婦というよりまだ恋愛時代の気分が抜けない、夕べの団らんのひとときだった。
「え? 生命保険? 生命保険って?」
 のんびりお茶を飲んでいた私は、きょとんとして夫を見た。夫は新間をガサガサと畳み、私の方に向き直った。
「俺さ、保険、掛け替えようかと思うんだ。今までは独身だったから気にしてなかったけど、今はお前がいるんだし。もしもの時のことも、少しは考えた方がいいだろ。受取人も今までは親の名義になってたから、それもお前に変更しなきゃ」
 「……ああ、そうか」
 そうか。この間までの私たちは『恋人』という名の他人だったけれど、今は『夫婦』という家族なんだ。もしもの時のことだって、ちゃんと考えなくてはいけないんだよね。  『生命保険』って、スゴイ。将来の安心も、結婚した実感も、夫から私への思いやりも、全部含めたパスポートみたい。いい夫婦になれるように。夫がくれたパスポート、これからずっと握りしめていこう
。 「……すごいなあ」
「私たち、ホントに結婚したんだねえ」
「何言ってるんだよ」
 夫は笑ったけど、でもその笑顔は。今まで見たことのない、大人の男の顔だった。