エッセイ入選


1995年エッセイ・入選

『生命保険の秘密』

干葉県 加藤博子さん
31歳 (主婦)

 結婚して間もない頃、主人の給与明細の「生命保険」の額がいささか多いことに気づいた。三十前のひら社員にとって、月三万近い出費はかなりなものだ。いったい何の保険かと尋ねても「君が死んだら、がっぽり入ることになってるんだ」とはぐらかす。当時はDINKSで、そこそこの収入があったから大して気にも留めなかったが、出産を機に専業主婦になると自ずと状況は変わってくる。家計のリストラを進める上でどうしても三万円の行方が気になった私は、ある日しつこく食い下がった。夫はしぶしぶ、実に照れ臭そうに白状した。
 「実はあれ、半分は静岡の親が受取人なんだ」
 「俺一人っ子だし、ずっと東京たしさ。これで万一先に死んじまったら、なあ」そう言って頭を掻く。貯蓄性が低いために、何となく言い出せなかったそうだ。私はちょっと目頭が熱くなり、緩みかけた涙腺を元に戻すため「それは掛け捨てなの?」と、どうでもいいようなことに話を振った。
 すると彼は「親は、俺のためにいったい今までどれだけの無駄金を捨ててきたのかな」と独り言のように咳いた。私の涙は余計止まらなくなった。
 その後も夫が、同額の保険料を払っていることは言うまでもない。おまけに残りの半分は私が受取人であるという。もっともこちらの方は「今後の働きいかんによって、金額の増減はありうる」のだそう。よし、がんばって、うんと注ぎ込んでもらえるような、いい奥さんになるぞ。