エッセイ入選


1995年エッセイ・入選

『父子の絆』

神奈川県 泉本祐志さん
48歳 (会社役員)

  八十になる父が死んだ。
 以前から、厳格な公務貝であった父と私の間には、男同志の意地の張り合いのようなものがあり、ここ三十年というもの、真面に口を利いたことが無かった。私が高校二年の時、生き方の上で口論となり、私は家を追い出された。その日以来、私は独力で生活し、苦学して高校も大学も辛うじて出た。その間、父からの援助は一切無く、電話一本の連絡すら無かったばかりか、私の結婚についても無関心で、私や女房にとっては挙式も無い淋しい結婚であった。
 そんな父が、母にも内緒で私に生命保険を掛けていたらしく、三百万程の保険金を受け取ることになった。私は号泣した。苦しかった青春時代にも一度として泣いたことが無い私であったが、女房や子供たちの視線にもはばかること無く、涙をこらえることが出来なかった。私は嬉しかった。頑固で寡黙な父らしいやり方で、父子の絆を育んでいてくれたことが、私にはたまらなく嬉しかった。
 後日、私は保険金の全額を墓代として母に渡し、わずかな金額ではあるが、子供達のために生命保険を契約した。もちろん、女房や子供達に内緒であることは言うまでも無い。私は、父と同じやり方で「父子の絆」を表現したかったのである。