エッセイ優秀賞


1995年エッセイ・優秀賞

『嫁と姑と生命保険』

長崎県 岩崎慎一さん
26歳 (会社員)


  結婚式が終わって数日後、実家へ遊びに行った時のことである。おふくろが、何やら書類のようなものを妻に渡しながら、「この子が死んだら三千万円もらえるのよ、フフフ」と笑った。「あっ、はい」と冷静に答える妻も、どこかしらほくそえんで見えた。そうである、それは保険金の受け取りを妻名義に変更した証券だったのだ。
 あれから一年半が過ぎ、子供が生まれ、妻が口癖のように「子供も生まれたことだし、そろそろ保険を見直さなくっちゃ」と言うようになった。正直私にとって、生命保険なんて別にどうでもいいものであった。しかし、妻にとっては、かなり重要なものらしい。さんざん悩んだあげく、「お義母さんに相談しよう」と言い出した。見積もりを持って実家まで相談に行った。もちろん、私も付き合わされた。
 何歳でいくら受け取れるだの、入院したらいくらだの、保険好きのおふくろと、保険に全く無知な妻との会話は、なかなか面白い。
 話に夢中になっていた妻が、ふと私を見つめ、「ごめんね、本人の目の前でこんな話をして、フフフ」と、心にもないことを言った。その「フフフ」が、一年半前に聞いた、おふくろの「フフフ」とダブッて聞こえたのは気のせいだろうか。
 何はともあれ、妻とおふくろがこうやって仲良くやっていけるのならば、私は一億でも二億でも生命保険に入ってやろうではないか……。

寸評
審査員・内館牧子
  「フフフ」という含み笑いが繰り返し出てきてこれがとても効いている。それに何といってもラストのオチが絶品。笑った! 生命保険が嫁と姑の架け橋になるなんて、これこそ一石二鳥ですね。